ネットプリント『OVER ZONE』

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5人の饗宴、短歌と詩のネットプリント

このたび、素晴らしい仲間たちと素晴らしいネットプリントをつくりました。短歌と詩のネットプリント『OVER ZONE』です。

コロナ禍で行動の制限されるなか、すこしでも皆様に表現の息吹のようなものを感じていただけたら幸いです。値段は破格の60円なのですが、配信期間は7/12 21:00迄となっておりますので、お早めのGET推奨です🌟ファミリーマートかローソンで印刷いただけます📚

でゎでゎ皆様によきSweet Daysのあらんことを~!

 

 

「OVER ZONE」
白黒印刷×3枚×B4×60円
番号:6LNZPABGRR(FamilyMart / LAWSON)
期限:2021/07/12,21:00

 

収録作品

#tanka 連作10首
「溺れる」(片原ぺいん)、「大袈裟」(四流色夜空)

#poetry
「ひかりの向こう側へ」(二枚貝)、「二分の一成人式」(吉田恋々)、「ネガ・レアリテ」(早乙女まぶた)

勝利への初段階~~夕立のなかへ歩む男~~ エレファントカシマシ考


ボーカル宮本を擁する日本のバンド、エレファントカシマシは、現在を後期と捉えると、初期・中期・後期と、大きく音楽性を変化させてきたグループである。

エレファントカシマシ | アミューズWEBサイト
初期の骨太のギター・ロック、中期のメロディアスなサウンド(ポニー・キャニオン時代以降)、そしてそれらを綜合したような現在のポップさが前面に出た音づくり。聞いてて驚くほどに変化しているのは、なによりその音楽性だ。

だが、ここでは歌詞に注目してみることにする。取り上げるのは、2曲ある。雨というモチーフが共通していることを受けて、「夕立をまってた」(エレファントカシマシ5 1992)から「季節はずれの男」(俺の道 / 2003)への歌詞の上での思想の変化を見てみようと思う。

 

エレファント カシマシ 5

エレファント カシマシ 5

 

1992年リリースの『エレファントカシマシ5』収録の「夕立をまってた」は、こう始まる。

 

ままにならない俺の、俺の人生よ。
やることがぜんぶ取ってつけたような。


そこで歌われているのは、気忙しい日常にたえず煩わされ、なにか気分を一新してくれるようなことを探しながら、しかし、かといって特に見当たらないから、せめてもとベランダで夕立を待っている男の情景である。
ここには初期の歌詞に特徴的な、「なにかに専心したいが、特になにも見つからないもどかしさ」というテーマが見られる。ここだけを切り取ると、まさしく『ネガティブハッピー・チェーンソーエッヂ』(滝本竜彦 / 2001)のようである。それは生活に引き摺り回されながらも、現実のリアリティを見極めようとする態度だ。現実のあらゆることが無意味で、虚無で、暖簾に腕押しだと、分かっていながらも、何か手応えを見つけ出そうという足掻き。
終身雇用制度の崩壊や地域社会の解体がなされ、それによってもたらされた過酷な生の宙吊りをなんとかするために、一種のムーブメントが盛り上がる。それは個別具体的にはさまざまな形を取るだろう。90年代には、それは天皇リストカットや宗教やロハスという形で行なわれた。ゼロ年代からはギークハウス、Facebook、アイドル文化によるオルタネイティブな中間共同体の復権がなされ、現在では、ソーシャルゲームと筋トレに回収されている。(浅田彰的に言えば、ソーシャルゲームはスキゾ、筋トレはパラノ的振る舞いに当たるだろう。)

ネガティブハッピー・チェーンソーエッヂ(2001)では、終わりなき日常(宮台 / 1995)の超克への願いに呼応するかのようにチェーンソー男が現れる。だが、それよりもほぼ10年前の「夕立をまってた」にそのような回答は用意されていない。ただもどかしい思いだけが吐露され、ひたすらに苦しい。

 

ああ、心は駆けるよ
なにかやることはないだろうか

ああ、今日は暑い、暑いと夕立をまってた
ベランダに立って、夕立をまってた

 


心はなにかを求めている。にもかかわらず、それがなにかは分からない。ただ空の色が変わり、朝が夜になり、夜が朝になる。時間の経過をただ傍観し、決してそこに参入できない自分の無力さ......。
「過ぎゆく日々に、きみはなにをしているだろうか」というコピーのつけられた『エレファントカシマシ5』には、この【漫然とした日常に対するもどかしさ】というテーマは顕著である。のみならず、初期の楽曲という広いスケールで考えても、生活の閉塞感というテーマは基調となっていると考えてよいだろう。

エピック・ソニーとの契約が切れ、ポニー・キャニオンからアルバム『ココロに花を』(1996)を発表した頃からをバンドの中期にあたるとすると、「季節はずれの男」もその範疇に入る。(ちなみに当時のレーベルはポニー・キャニオンの後に移籍するEMI。)初期の無骨さに彩りが加わることになる。鋭いギターの音色が重く物苦しく鳴っていた初期の曲調も、やがてビートを刻みだし、地上から浮き上がったようにずっとポップでメロディアスなものになり、タイアップも増える。その音楽性に注目が集まる一方、歌詞にもかなり大きな変化が見られるようになる。現在のエレファントカシマシにおける重要な核である【勝つ / 負ける】という概念の導入がなされる。

 

俺の道

俺の道

 

2003年リリースのAL『俺の道』に収録された「季節はずれの男」にはこうある。

 

雨のなか、俺は遠くへ出かけよう
またひとつさよならを言おう

俺は勝つ、真面目な顔で俺は言う
俺は勝つ、俺の口癖さ

 


ここにはただ漫然と過ぎる生活に打ちのめされ、ベランダでひとり夕立が降ってこないかと見上げる男はもういない。おのずから雨のなかへ踏みゆく人間の姿がある。これより多くの曲に頻出することになる【勝つ / 負ける】とは、いったいどのような概念なのだろうか。そして「季節はずれの男」が勝とうとしているものは何か。

曙光、奴隷天国から分かる通り、宮本の思想にはニーチェが大きく関わっている。宮本の言う【勝利】とは、ニーチェ的に言えば、肯定の言葉、それも永劫回帰を肯定し、既存の秩序を破壊せしめるYESにあたるだろう。生活の重圧に押し潰されたまま、苦痛を耐え凌ぐのではなく、むしろそれを何回でも引き受けること。
90年代から散見されてきた「生の宙吊り」に対する宮本の回答がこれである。90年代における世紀末的な作品群から、にわかに勃興する空気系と呼ばれる作品群への移行。らき☆すた(2007)、けいおん!(2009)、ゆゆ式(2013)は明らかに運命愛の星のもとにある。放課後ティータイムによる楽曲「Unmei♪wa♪Endless!」の歌詞にはこうある。

 

生まれる前から出逢ってたんだよ
生まれ変わってもきっと出逢えるよ
そんな幸運に感謝して
銀河一 大きな愛目指すよ


フリードリヒ・ニーチェ平沢唯に憑依する偉大な瞬間がここにある。

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隣人を愛するのではなく、運命を愛すること。空気系における終わりなき日常の克服の作法と、宮本の態度は接近しつつある。生活を肯定することで生活の奥にあるものを掴もうとすること、虚飾を払い落とし、限りある生命力をどこまで発揮できるかということ、「まんがタイムきららになる」ということ。【勝ちにいく】とは、泉こなたになることであり、平沢唯になることであり、野々原ゆずこになることである。

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ひたすら受動にとどまっていた宮本の態度が、ここで一変する。立ち止まり、運命の苛烈さを甘受する以上に、騒がしい世間の方へ歩き出す。何にも増して自分自身の弱さを克服するために。重要な転換点が、この【勝つ / 負ける】という価値観の導入にはある。デビューアルバム収録の「ファイティングマン」から通底していた【戦う】姿勢がここで初めて、はっきりとした実存の様式として実を結ぶ。宮本は生活を引き受けることで、超えようとする。「こころのままに生きてこその生活の肯定」、それこそが「戦う男」の目指すところ、勝利の条件である。

 

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そのため、特定のだれかに【勝つ / 負ける】ということではない。それはライフスタイルであり、生き様や生き方に関係したものである。

敢えていうならば世間や歴史のなかで、破れゆく定めや、移ろいゆく気分のさなかで、1人立つこと。克己心を持って、あらゆるスケールの過酷さのなかで、喜びに向かって歩いていくことと言える。

惰性で生きるしかない退屈な毎日を、肯定し、その能力があるかどうかなどは度外視する。ただ直観として「俺は勝つ」ことを信じる。なし崩し的に似非平和を過ごさざるを得ない時代にあって、その態度は【季節はずれ】に映るかもしれない。

 

歳月がにじむ怠け者
季節はずれの男よ、ひとり歩め

言い訳するなよ
おのれを愛せよ
鳥が飛ぶように俺よ生きろ
ライバルでなき友よさらば 


ままにならない、と言い、のたうつ過去の自分に「言い訳するな」と喝を入れるひとりの人間が雨に打たれている。ひとりよがりの自尊心を携えて、昨日までのおのれを律し、超えようとする。平沢唯へ至る道は、あまりにも険しい。あまりにも多くの犠牲を供することになろう。惰性を律するということ。惰性に曇らされた現実を直視し、ありのまま、強大な世界へ、凄まじい向かい風に髪を靡かせながら相対することを決断するということ。それが勝利への階段の歴史的な第一歩である。

 

www.youtube.com

 

twitter短歌2020

5月

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「愛しい病」7首

「愛しい病」7首

    

きみはその素直な日々を愛してねさよならぼくの愛しい病

 

セーブ地点が見当たらなくて後戻りできなくなった雨樋の雨

 

花になる願ったときには遅すぎてローディング長すぎる午過ぎ

 

鮨詰めの喫煙所でいつも見る使い捨てては燃えるプリズム

 

眠りたくないよ一緒に不条理なパズルの欠片を探すだけでも

 

痛みすら甘さなのだとピンヒール履いて少女は夏へ駆けだす


絵のなかのきれいな模様の風車ふたりのうえに散るアスベスト

 

 

6月

 

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「崩れる惑星の先へ」9首

「崩れる惑星の先へ」9首

 

きみと見たドーナツリングの真夜中へ流し込んでいく漂白剤

 

流れてくプリズムの束を髪に巻く屋上だから話ができた

 

ファミレスの間違い探しを解くような柔らかな陽を重ねる手と手

 

ワザップで見つける攻略裏ルート夕焼けの淵をきみと名付ける

 

ゼロだから歩こうとした理由でも気流はやさしく燃えてくれるね

 

歯磨きをしても虫歯になるように弱がる月に流れるソナタ

 

繊細な羽根に残った繊細な傷痕なでる指の雨音

 

”コンビニで待ってて”とかいう他愛ないやりとりだけが光っていたね

 

崩れてく星の向こうの永遠がLINEのひかりに笑って消えた

 

 

7月

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「カードめくりの日々」5首

「カードめくりの日々」5首

 

なにもかも出来損なったわけじゃない不揃いの靴で抱きしめる朝

 

”好きだよ”と”愛して”だけを目隠しで同じカードをひらいたら勝ち

 

少女らが呼びたい名前で呼んでいる季節はずれのやさしさの群れ

 

嫌いだと蓋した世界の向こうから射し込む温度で溶けだしていく

 

イジワルな風が過ぎ去る真夜中にねむるこころの島に降る虹

 

 

10月

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シーラカンスの花嫁」7首

シーラカンスの花嫁」7首

 

風に散る花を纏った白骨を運びゆくシーラカンスの群れ


前髪を揃えた禁煙外来の色とりどりの希望のガラス


ただちゃんと好きになりたい踊り場で手を取りあった月光に濡れ


爽快な晴天みんないい笑顔電波ソングをかけるトラック


不思議ちゃんだけが知ってる抜け道を歩いた暗い雨雲のなか


水色の列車が通る十字路の向こうのきみを遮るように


感情をひとさじ入れたビン越しにひかりが跳ねる秋は静かに

 

 

11月

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「TVショーの幕間」5首

「TVショーの幕間」5首

 

節くれたエゴンシーレの指先で真冬の空に描く星座表

 

飛んできたファックユーサインを数えればキリない姉の有給申請

 

うつ病と診断された季節ごと光るTVショーの幕間

 

オレ詐欺の受け子みたいな服装で土曜日母と食べるスガキヤ

 

明け方のキャスでギターを聴いているひそかな海へ踏み出しながら

 

 

12月

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「四つ打ちの恋」5首

「四つ打ちの恋」5首

 

らしくない薔薇を一差し選びとるきみん家のある通りの花屋

 

しあわせは決して数では計れなくても切り取るベルマークに祈る夜

 

灰皿に生活なんかを押し付けて燃える火花の懐かしい色

 

決められた炊事・洗濯・家事そしてなぜかサビだけ四つ打ちの恋

 

待っててね夜明けはいずれ訪れる雫を落とす傘やわらかく

 

 

◇ ◇ ◇

2020年は意外と短歌が読めていたように思います。目にしてくれた方々、コメントしてくれた方々、お褒めいただいた方々、誠にありがとうございました。また来年もよろしくお願いいたします。

散文詩「水と光を」

「水と光を」

 

生きていくんだ
フリスビーを投げて
生きていくんだ
おはようと言って
生きていくんだ
静まりかえった死者のあいだで
生きていくんだ
こめかみに銃口を突きつけられて
生きていくんだ
凡庸だと罵られながら
生きていくんだ
ベルマークを切り取らずに
生きていくんだ
うどんにソースを絡めて
生きていくんだ
七味を振って
生きていくんだ
鐘の鳴るほうへ
生きていくんだ
夜道を大声で泣きながら
生きていくんだ
アルミサッシに布を押し当てて
 
死んでいるんだ
猫に踏まれて
死んでいるんだ
ジャンプしながら
死んでいるんだ
尊厳と自由をメルカリで転売しながら
死んでるんだ
吊っているんだ
死んでいるんだ
だれもいない競馬場で
死んでいるんだ
特別だと敬われながら
死んでいるんだ
収益化されずに
死んでいるんだ
ウイスキーを温めながら
死んでいるんだ
みかん畑のなかで
死んでいるんだ
網棚のうえで
死んでいるんだ
おまえの声も届かず
死んでいるんだ
太陽からの光を亨けて
 
倒れてるんだ
熱い蕎麦湯を飲み込まされて
倒れてるんだ
背中のコブを大事にしながら
倒れてるんだ
ダイアトニックコードも理解せぬまま
倒れてるんだ
レジの前で
倒れてるんだ
老人たちに強姦されながら
倒れてるんだ
爪の垢を飲まされながら
倒れてるんだ
旬の野菜を食わされながら
倒れてるんだ
ガリラヤの丘で
倒れてるんだ
カッペリーニを食いながら
倒れているんだ
倒れてるんだ
カッシーラを読みながら
倒れてるんだ
環境に優しいエコバッグの底で
 
 
待っている
雨を
待っている
荷台で
トラックの
荷台で
動かない軽トラの荷台で
 
待っている
 
水と光
待っている
 
愛だ
愛が重要
愛こそすべて
わかった
 
わかったんだ
 

『ノット救済エンド』発売記念!「インターネットの神様」全作品レビュー❀

小説や詩の合同誌『ノット救済エンド』が発刊されました。

僕は今回、そこに「リンゴ、それともパイナップル?」という中編小説を寄稿させていただいています。インターネット大倫理文学の第4集となる『ノット救済エンド』発売を記念して、第3集となる『インターネットの神様』を紹介したいと思います。

◆『ノット救済エンド』は青本舎のboothで購入できます。ぜひ、僕の小説ともどもよろしくお願いしますね(❀・x・)

→→→https://fukuso-sutaro.booth.pm/items/2094291

 

 

では、お待たせしました。

インターネットの神様』の時間です。

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インターネットの神様』表紙

   インターネットの神様、全作品レビュー!

 感想というか、紹介というか、二次創作というか、ぼくはぼくにできうるかぎりの技術で、これを読むひとに『インターネットの神様』をプレゼンしたいと思う。なぜならきみはまだ『インターネットの神様』に出会ってないかもしれないのだから。だからぼくは文字を書く。それぞれの作品について、できるだけ寄り添ったやり方で。憑依、という言葉がふさわしいのであれば、そう呼んでもいい。とにかく、ぼくはきみたちに『インターネットの神様』に収録されている作品を、紹介しよう。紹介するぞ! えいっ、えいっ!

 

   1.「インターネットの神様」(庄司理子)

 巻頭に掲げられた一枚の絵。
 これは教会の祭壇に祀られる聖画、宗教画だ。
 それはぼくらを清めてくれる、慰撫してくれる、赦してくれる。
 ぼくらはぼくらではなくなる、ひとつのたましいとして、神様の前に捧げられる。浄化したぼくらには行くべきところがある。霊魂のみが入るのを許される扉が、轟轟と地鳴りのような音を立てはじめる……。
 さあ、晴れて地獄の門がひらかれた。インターネットの神様が見つけた、地獄のお披露目というわけだ。そこに響くのは救済を求める声、救済をあきらめる声、祈りにならない祈りの声、うめき声にならないうめき声……。なぜ、地獄なのか? この世には天国も地獄もないはずなのに。だが、インターネットの神様の救済を求める者は、いつだって地獄にいるのだ。気遣ってくれていた誰かの声も、差し伸べられる救いの手も届かないほど、遠くに行ってしまった彼らはいま暗がりでじっとしている。自分の手も見えないほどの暗闇のなかで。泣きたくても涙が出ない、そんな地獄で。さあ、見に行こう。われわれがインターネットの神様の目となって、暗闇のなかで声を出せずに泣いている彼らを、われわれと同じく清められたたましいへと浄化しに行こう。これは旅だ。ぼく、そしてきみの。


   2.「肌ざわりのいいタオル」(四流色夜空)

”本当に優れた考えは、本当に優れた人間にしか分からないものだ”

 拙作。「1.下水道人生」、「2.トマト潰れて、老婆嗤って」、「3.公園の壁」、「4.わくわくインターネット」、「5.ホテル」、「6・肌ざわりのいいタオル」、という6つの短編からなる連作小説みたいな感じです。ご都合主義的ロマンティシズムを徹底的に排除しようと決めていました。それゆえに悪辣な言葉で形容される人間模様が描かれているのですが、それはつまり感傷さを排除することによって浮かび上がる「豊かさ」のようなものを表したかったからなのです。ぼくの好きな作品です。


   3.「マイナスの世界樹」(かみしの)

”あなたの世界樹は、一段と汚かった。だから気になっただけ”

 次から次へと本を読み、それを積み上げることで「塔」をつくる男と、部屋の床に穿たれた「大きな穴」へと投げ込む少女の話。
 ひたすら本を読みつづける人間は、途方もないその行為によって、いったい何をなそうとしているのか。読書を読書として楽しむためなら、そんなに多くの本を必要とするわけではない、と思う。日常を細分化する時計の針の進度を超えて、その一歩先へ(あるいは一歩底へ)、飛び越えようとする、現実ではない現実をつくりだそうとする、そんな意志に突き動かされてのことかもしれない。そういった非力ながらも世間から逃れようとする、退屈で色褪せた努力が、世界樹をつくりあげる。
「大きな穴」へ本を投げ込んだ少女は、「わたしは救済ではない」と断言する。まるで男の弱々しい世界樹が、彼の自意識そのものだと断罪するような口調で。男の自意識は、あらゆる文字によって記述される。男の感情は、あらゆる文字によって記述される。文字によって記述されないものはない、というのは悲観主義者の考え方だ。現に文字に還元されない存在として、世界樹は存在した。そして存在する。
 それは少女が見つけたから。彼女によって、彼の自意識(洪水のような文字、あるいは文字の洪水)は世界樹として屹立した。少女は、たとえそれが救済ではないやり方であったにせよ、彼が口走る不安定な文字たちを、塔=世界樹として確定させたのだ。存在することが重要だ。それがプラスであれ、マイナスであれ。


   4.「絶筆」(異島工房)

”いやあしかし、当直前のヒロポンは格別ですな”

 多くは語らないが下品な物語がスタートする。自分が絶対書かない(書けない)物語展開で始まるこの作品、前半は町田康を思わせる七五調のコミカルな文体で、町田康で読んだことがあるような下品な話が続いていく。だが、下品さを敢えて持ち出し笑いに変えてしまうのも、手腕のひとつだ。日本や世界の神話だって、下品なものはいくつもあるのだから、そこに拘泥するつmりもない。ただ、飛ばしてんなーと思う。そのようなことが文学では可能なのである。ラフプレイではあるが。ちなみに前半は町田節という印象を受けたが、(もちろん筆者である異島先生が町田を読んだことがない可能性だってありうる、言うまでもないことだが。)中盤ではいかれたヒロポン中毒医者たちの戯曲になり、後半はやけに静謐な三島由紀夫じみた文体となる。
 いくつかの展開がとても印象的な映像として残る。だがその背景にあるのは、やるせない自堕落な自称小説家の、オレって駄目なんすよね~そもそもイケてないんすよ~~という独白である。
 自称小説家は三島の脳の支配下の下で、いったいなにを考えているのだろう。革命などを夢見ながらも、夢見ながら終わってしまうのだろうか? 人生がいつか終わるように、夢から醒めて現実に帰らなければならない日もいつか来る。
 

   5.「つらいは甘え」(社会的信用がない)

”すべて社会が悪い”

 うっかり不定愁訴にかかってしまった、というエッセイ。ちなみに不定愁訴とは「特に原因がないのに、そこはかとなくつらく感じてしまう症状のこと」。
 つらさ、というのは絶対的なものではなく、絶対的に感じてしまう主観に基づいている。だが、主観に基づいているからと言って、それは無視できるものではない。他人が無視しても自分にとっては、そのなかでしか生きられないもの、それが主観であるのだから。
 ポリティカルコレクトネスが浸透した現代社会においては、さまざまな道徳律が打ち立てられている。結婚、職業、私有財産、恋愛、健康、政治的主張、性別、整形、性転換……、そういったさまざまなことについての、さまざまな幸福が述べ立てられている。だが、それらすべてに当てはまらないひとがいたら? と、いうかそもそも規定されたカテゴリのなかで享受する幸福に疑いを差しはさまないひとが存在するのだろうか? もしいるのであれば、それは勇気ある人々だ。勇気のない人間が、幸福を受け取るのは難しい。
 失うものがなく、勇気のある人間がテロリストになることだってある。だが、逆に失うものをもち、勇気のある人間が大虐殺を起こすことだってある。幸せはつねにひそんでいる。ツイッターのリプライ欄やいいね欄や、昨日見た飛行機雲や、保育園から聞こえる子供たちの歓声や、失敗した婚活帰りの電車のホームや、何事も果たしえなかったぼくらの不甲斐ない生活の周りで。それらは一歩引いて、ぼくらを観察しているのだ。そしてささやかに話しかけることもあるだろう。そんな声に耳を傾ける、そういう類の勇気もありうる。


   6.「回線を切れ」(複素数太郎)

”黙れ、カルト女め! 俺の家は宗教施設なんかじゃないぞ!”

 インターネットが上手な顔のいい女、ロクはインターネットが上手だったから、俺の家に来るようになった。俺はロクに「インターネットの神様」だと思われている……。
 複素数太郎の文章に関して、ぼくはB級カルト映画のショートフィルムを見ている、という感想しか抱けない。そこにあるのは無秩序な情念であり、ユーチューバーの収益化であり、善き思い出として消費され続ける消費される主人公という名のポルノでもあり、いたるところで切り落とされる、顔のいい女ロクの手首である。インターネットの神様は、養命酒を飲んでいる。
 僕がこんなことをちんたら書いている間にも、複素数太郎は意味の分からない、意味など必要としない文字を書き、全国にFAX送信を開始する。それが迷惑になるなどとは思っていない。なぜならFAXは送信するものだから、それゆえにFAXを送信する。全国民に向けて複素数太郎の署名入りのFAXが送信される。彼の朝は早い、大体五十四時から七十二時間にかけて、彼はアルミホイルを点検し、そこに彼の悪口がないか、点検する。それはプロ並みの手つきであり、素人のアルミホイルほど目も当てられないものはない。素早い手つきで点検し終えると、彼はそれをぐるぐると頭に巻き、「インターネットの神様」となる。すべての電波が混線する。だからラストシーンで、「少年、グリグリメガネを拾う」のように、「見えて」しまうことにもなる。まったく複素数太郎という人間は、インターネットに愛され、インターネットに嫌われつづける人間としか形容できない。それを見てるあなたが、本当の「インターネットの神様」になれる日も遠くない。なぜならロクはすでにあなたの家の前で、自分の手首を切り落としているのだから……。


   7.「ちじょこが死んだ日」(杞憂ちゃん)

”ただただ解放されたいと思った”

 「iphoneを探す」というGPSアプリによって、母親が常にわたしにアクセスしてくる気の抜けなさを実体験としてもった人がどれくらいいるだろう?
 だが、そんな逼迫した状況にいずとも、それが自分の身のように起きうることはだれでも理解しうるだろう。こうやってインターネット回線をつないで、アイデンティティを獲得していく時代では、常に現実の人間関係との齟齬が生じる。それらは裏と表の関係であり、どちらもが正真正銘の自分の正体なのだから。データ上の削除を余儀なくされた自分自身も、《偽りの自分自身》ではまったくない。ツイッターの自分自身も、現実の大学院に進学したわたしと同一の価値をもち、血を通わせている。
「わたし」が生きている限り、きっと口を塞ぎにやってくるであろう彼らは、そのことに気がついていない。そうした軋轢が養分となって、「わたし」を増殖させていることに。無理解な彼らのために「わたし」が生まれたわけではないが、口さがない彼らの無責任な物言いが、物事の裏を読まない安易な暴力が、自分が正義と思い込んでやまないその監視の目が、「わたし」を分散させ、増殖させつづける。力に抗いもせず、単純に力とはかけ離れた場所で、「わたし」がかつて殺された場所で、「わたし」は常に生きつづける。


   8.「新・さぼた~じゅ」(梓義朗)

”僕の拡張子を今すぐjpg形式に書き換えて容量を下げてしまえればいい”

 それは真夏日の悪夢。
 日高さんの右手には改札に似た出入り口があって、その出入り口は、おそらく僕しか知らない仕組みをしている。日高さんはそこにいる。日高さんはそこにいない。機械音声のような声がする。それにぼくは導かれる。日高さんがしゃべっている。日高さんがしゃべっていない。ぼくだけがここにいる。ぼくだけがしゃべっている。日高さんの右手はドラッグ、それもすごく簡単な作りをした電子ドラッグだ。日高さんがそこにいる。日高さんのしゃべっている、日高さんの機械音声のような声が、日高さんの喉を通して、日高さんの目の前にある空気の粒をゆらして、日高さんの右手を見つめてたぼくに、日高さんの声がする、日高さんはそこにいる。ぼくが――
 ――寝返りを打つそのときまで。


   9.「Oh my justice!」(奴隷商人)

”雑草って名前の草はない”

 付属CDにおける奴隷商人のリリックが載っています。それだけでも楽しいのですが、youtubeの動画を見てもらった方が、よりダイレクトにあなたのハートにビートするんじゃないかなと思います。ダウナーにならざるをねえ俺たちの日常を斬りひらいてくれよ奴隷商人。


奴隷商人 - oh my justice

 


まとめ


 今回青本舎から第四集が出るのに先立って、この第三集「インターネットの神様」を読み返したわけだけれども、率直に言って、前衛的な実験がこの本のなかでも縦横無尽にされていて、こんなことをやってるの、ほかで見たことない! って感じでした。ただ自分のことを言うだけの文章は、いくらでもあるわけだけれど、ここまで赤裸々に作品として集めてるものも少ないな、と言いますか。興味あるひとはぜひ、買ってみてはいかがでしょうか。中身が濃いのは間違いないです。
 そして手前みそではありますが、わたし、四流色夜空主催の合同誌『HEAVEN2020』もそろそろインターネットで頒布予定なので、そちらも気にしておいてください。めっちゃ豪華な布陣となっております。

 

◆『インターネットの神様』pdf購入リンク

→→→→→→https://fukuso-sutaro.booth.pm/items/1006394

 

◆四流色夜空のサークル本、購入リンクはこちら

→→→→→→https://yoruiroyozora.booth.pm/

 

『Fippant Segment』電子書籍化

 

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表紙

 旧世代の伝説の合同本『Flippant Segment』の電子書籍化(pdf版)がなされました。100部刷って完売になったこの本のデータの購入はbooth(https://yoruiroyozora.booth.pm/items/1832921)から行なうことができます。

この合同誌には才能あふれるゲストが何人も参加してくださっています。短歌では、結社「塔」に所属されている安田茜さん、そしてサークル稀風社から鈴木ちはねさんが参加してくださっています。また、詩ではサークルカラフネからはるしにゃん(こと殻辺三舟)、さらに小説の部門でK坂ひえきさんが傑作「ノトラとテニカ」を寄稿いただいております。

 ある種伝説と言われた世代の雰囲気を感じられる一冊になっていると思われます。以上挙げた作品のほかにも、僕が寄稿した京都時代の総括である小説「カナリア」などなど、満足していただける内容になっていると思います。

 送料なしの値段でお得に購入できる電子書籍版をぜひご活用ください!

 

 

 

  • 目次

1.コーダ             まここ(@uuuRuuuO)

2.<短歌>あかるい藍      安田茜(@______258)

3.<短歌>仮の橋        鈴木ちはね(@suzuchiu)

4.嘘つき嫌いの彼女は      矢窪秋

5.ノトラとテニカ        K坂ひえき(@hieki)

6.カナリア           四流色夜空(@yorui_yozora)

7.<詩>愛の詩法        殻辺三舟(@hallucinyan)

8.セブン・ストーリーズ     葛西心中

9.エクストリーム院浪記     斉藤慶次(@shikaiu)

表紙     左野ナオイ(@naoooi)

目次イラスト 浴蘭坂もか(@strawberia_)

挿絵      りっつ(@teastea_a)+りりぃ(@_pnpn_)+ k(@umibenobochi)

 

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裏表紙

 

 

小説&ラジオアップロード

最近ゲーム実況者のレトルトさんや牛沢さんにはまっています。

ガレキ牛の四人実況とかもむさぼるように見ています。小説は、久々に阿部和重を二本読み終わったところです。『デラックスエディション』と『プラスティックソウル』ですね。『プラスティックソウル』は97年とかの作品で、阿部和重自身言ってる通り、切断線となる感じが伝わってきました。まあ玄人むけでしたね。読んだことないけど興味ある人がいれば、『デラックスエディション』をお勧めします。読み終えたときは、以前ニコ生で視聴した阿部和重東浩紀の対談を思い出したりしていました。

 

さて先日、カクヨムにて小説を二作品を公開しました。

この二つは僕でもお気に入りのふたつで、誰にも読まれずデータに眠っているよりは、と思い、今回アップロードした次第です。もしよければ、読んでくれればさいわいです。

 

小説『青い太陽』(35,000字)

https://kakuyomu.jp/works/1177354054894485304

これは『POP&END』にも収録されていますが、未読の方はぜひ。結構自分でも好きな作品です。旧題は『街を出よう!』でしたが改題しました。水色くんとかアサゲとかが出てくるコメディタッチの話です。

 

小説『ポップメロンはソーダ味』(13800字)

https://kakuyomu.jp/works/1177354054894508259

これは大学のときに中編の賞に応募したときに書いたものですね、何次選考かは行った気がしますが、結果落ちましたね。けど今の自分では書けない瑞々しい感じの恋愛やドラマが描けている気がします。短いですので、ぜひ読んでみてください。

 

 

それと、『よるしのラジオ』第三回が無事に公開されました。今回は『ゲーム実況』と『京都』の話をしてます。BGMにでもどうぞ~~


よるしのラジオ3―京都×ゲーム実況

 

テーマはつねに募集しています。トークテーマ、どしどし送ってください!

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